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策士であり、勝負師であるジェリーウエストが見据える未来について考察してみる

こんにちは!KDです!

NBA開幕まであと33日と迫りました。楽しみなで盛り上がるシーンがたくさん見られるであろう、今シーズン。皆さんはこのオフで一番驚いた移籍や出来事はありますか?

KDの移籍?PGとレナードのダブルクリッパーズ入り?ラスのロケッツ入り?アメリカのW杯7位?

たくさんあると思いますが、個人的にはPGとレナードのダブルクリッパーズ入りは一番

「ええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ってなりました・・・・笑 ではこうした背景に誰が糸を引いていたのか気になりませんか?

当時17歳のコービーをドラフトで獲得するために当時エースセンターだったディバッツをトレードに出す

シャックを獲得してレイカーズの3連覇の礎を作り、

メンフィスグリズリーズをわずか2年でPOチームに変貌させ(当時2000〜2003年までは本当にドアマットチームだった・・・)、

ゴールデンステートウォリアーズでスーパーチームを作りあげ、

そして、現在クリッパーズでMAX契約したはずのグリフィンをトレードに出し、今回のPGとレナードのダブル獲得を企てた

NBAのロゴのモデルである

ジェリーウエスト!!!!!!!!

これだけでも彼の経緯歴がいかに輝かしいかを物語っていますが、実は選手としても超一流であったウエスト。

彼には一体どのような未来が見えていたのか・・・・少し一緒に振り返ってみましょう!!

ジェリーウエストの輝かしい経歴

シルバーコレクターであった現役時代

1960年代、70年代を代表するプレーヤーでったウエストですが個人成績は非常に優秀で得点、アシスト、リバウンドをオールラウンドにこなせる選手でありながら、ゲームメイクもできるスーパーマンでした。

しかし、1960年代に君臨した我がセルティックスの壁を超えられることができず、当時所属していたレイカーズではセルティックス8連覇の引き立て役として大変悔しい思いをさせられていました。

しかし、セルティックスの衰退と同時に今度はニックスが台頭し、ここでも優勝を逃すなど、ウエストの選手生活は最後の最後で勝てない選手でありました。

しかし、唯一優勝したシーズンでは今でも破られていない4大メジャーリーグ最多の33連勝をあげるなど凄まじい勢いで優勝。

数々の栄光と挫折を繰り返したうウエストですが、忘れられないシーンといえば、ファイナルでのハーフコートショットブザービータです。

この動画の3分20秒のところがその名シーンですが、当時3Pがなかったため、2Pとなりこれが同点ショットになってしまい、延長戦へ。その延長戦を落として、結果的に7戦までもつれたシリーズも落とす結果となり、これがもし3Pがあった時代に起こっていたら今でも語り継がれる名場面だったに違いありません。

このシリーズで敗れたウエスト率いるレイカーズでしたが、これは未だにウエストただ1人が敗れたチームからファイナルMVPを受賞したただ1人の選手なのは有名な話です。

1974年に現役を引退したウエストは今度はHCとしてレイカーズを指揮する立場となりました。

当時POを3年連続で逃していたレイカーズを蘇らせる

1976年にレイカーズのHCとして戻ってきたウエストでしたが、彼の引退後POを3年連続で逃すなど低迷期が続いていました。

しかし、彼の就任後レイカーズは息を吹き返すかのように成績を巻き返し、再びPOの舞台へと返り咲きました。

3年間レイカーズでHCを務めたウエストでしたが158勝101敗の成績を残し、HCを退任。次の道にレイカーズのコンサルタントとしてフロントに参画することでレイカーズは大きな転機を迎えます

フロント時代(レイカーズ編)

1979年にコンサルタントとしてフロントに参画したウエストでしたが、まず通算得点で歴代1位のカリームアブドルジャバーをトレードで獲得し、ドラフトではマジックジョンソンを指名し、わずか3年後の1982年に優勝を果たしました。

その後もパットライリーをHCとして招聘し、ジェームズウォージーをドラフトで獲得し、ショータイムの礎を築く原動力となりました。

1990年代には旧ユーゴスラヴィアから初めて欧州人として活躍したディバッツを獲得し、オールスターのエディージョーンズやニックバンエクセルなどを獲得し、魅力あるチームを継続して作り上げました。(しかし90年代初頭はマジックの引退とともに低迷・・・)

マジック引退後も1996年にコービーをドラフトで指名し、FAでシャックを獲得するなど数々のビックディールを繰り返し、2000年代初頭のレイカーズの黄金時代に大きく貢献しました。

そして、場所をレイカーズで3連覇を達成した置き土産に、当時一度もPOに進出したことがなかったグリズリーズに籍を置いて再スタートを切るのです

フロント時代② (グリズリーズ編)

2002年にレイカーズが3連覇した後にフロントを退団し、当時弱小チームでプレーオフに一度も進出したことがなかったグリズリーズに入閣。

しかしここでも手腕を発揮し、当時ルーキーで後にレイカーズでコービーのパートナーとして2連覇に大きく貢献したパウガソルを軸に、ジェイソンウィリアムズ、ボンジウェルズ、ロレンゼンライトなどの手堅い選手を補強し、2004年シーズンには50勝を挙げ、チームをわずか2年でプレーオフ進出の礎を築き挙げました。2006年のW杯でガソルが怪我のため大半を欠場し、チームの負けが込み再びロッタリーになってしまったものの、そのドラフトではマイクコンリーを指名。

そこから2007−2008シーズンの中盤になんとガソルをレイカーズにほぼ無償とも言ってもいいトレード(元ドラ1のクワミブラウンがパッケージとして含まれていたものの、最後まで大成せず・・・)を敢行し、ファンから批判を浴びたものの、そのトレードで得たガソルの弟であったマークが含まれていたため、後にこのトレードはしっかりと対価のある同士のトレードになりました。

そして、ルディゲイをドラフトでシェーンバティエとのトレードで獲得し、ザックランドルフやトニーアレンらを獲得し地味ながらも堅守を武器に手堅く勝利を積み重ねる

「グリット&グラインド」

モットーにウエスタンカンファレンスでは厄介なチームとしてカンファレンスファイナルに進み、サンダーやスパーズを大きく苦しめました。

そして2011年に新たな挑戦を求めて、再びカリフォルニアに足を踏みいいれるのです。

いかがでしでしょうか?

これだけでもウエストの功績は素晴らしいですが、文章が長くなってしまったので、次の記事に続きを書きます。

次に足を踏み入れるチームは当時まだ駆け出し中であったステフィンカリーとモンタエリスがいたウォリアーズ。

いかにしてスーパーチームが出来上がったのか?そして新たにクリッパーズで成し遂げようとするミッションを考察していきます!!

 

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